おひさしぶりです、ゆらです。

 晩秋ですね。冬が近づき、東京では肌の感想が気になりますね。
最近はちょっと思ったことがあったので、それについて書こうと思います。
いじめについてです。
最近というかずっと前から連綿ときているものだと思うこと表面化しているなと感じてはいるのですが。
そのニュースを見た親が頭から噴火しているのではないのかと思う勢いでぷりぷりと怒っていました。
「もう犯罪者として逮捕しろー」
その意見は正しい。もっともと思います。でも、もしこんなことができたらいじめをする奴は激減するのかなぁと思いました。

シナリオ通りのことしか、決められたことしか喋られない。それ以外喋ったら……言葉に尽くせぬ罰が与えられる。
それなら人を誰も傷つけなくてすむじゃない! いやっほーなかなか画期的! と思いました。
それを知り合いに話したら、すごい賛同してくれて、ネットを通じて盛り上がったんです。
そしたら、人の言動を操る道具があるという話が出て、ある都市(いじめ自殺が多くて国から指導されていたそうです)は実験的にある学校でそれを行ったんです。
いじめだけではなく、暴力行為も、人とうまくいかない人も、皆がシナリオ通りに話す学校。
もちろんシナリオなので行為も制限を加えられます。

これでひどい人間をおさえられれば、学校はこの世で一番正しく優しくなると都市の偉い人は思いました。

ま、でも現実、そうはうまくいかないのですよね。

いじめも暴力行為も空気がよめない人間もなくならなかったのです。

だってシナリオ通りの行為しか出来ない加害者を、自由な被害者が復讐をかねていじめ出したのですから。暴力も言葉で傷つける行為も止まらなかった。
面白かったというんですよ子供達は。何故と頭をかしげる先生たちの前で。
だからその学校は自由に話せる人間は片手の数しかいません。

皆がシナリオ通りに話して、平和に過ごしています。
ちなみに片手の数の生徒は、皆、人の話が理解できないそうです。

(注意:創作です。こんな学校困ります)